お坊さんと焼肉会

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我が家が檀家(厳密には違うんだけど)としてお世話になっているお寺さんの御住職と私の密かな関係。

それは、飲み仲間。

昔、まだ地元から出勤して居た頃は、仕事帰りにお寺さんで御住職と酒盛りしてました。(お寺の広間で酒盛りの図はなかなかなもんです)

その御住職、もう御歳50歳を迎えるのですが、元SEのイケメン。

OFFでは白いスキニーパンツとか履いちゃう感じ。

俗世界を経て仏門に入っているので、説教ひとつも視点がとても面白いのです。

先日実家に帰った時に、たまたま商店街で遭遇。

数年振りに飲もう!と盛り上がり焼肉へ。

話題は、私の近況から、最近御住職が面白いなと思ったことまで。

世代が違うのもまた、ニュートラルに情報交換し合えるいいところ。

印象に残った話題は2つ。

ひとつは、「許し」の難しさ、

もうひとつは、宗教(的存在)はいつの時代も姿形を変え存在している。

「許し」の難しさ。

離婚して結果的に良かったと思うけど、しなくて済んだならばそれが一番。

理由を色々並べてみて御住職がふと、「愛は許しだからねぇ」の一言。

そう、「愛」とは「許し」であり、自分が他者を許せていれば円滑なことがたくさん。

けれどどうしても人間にはエゴがあって、そうはうまくいかない。

「人を許せる」は「無敵(敵を作らないため敵がいない)」だなぁとしみじみ。

宗教(的存在)はいつの時代も姿形を変え存在している。

私は基本的に好きな芸能人っていないんだけど、アイドルや時代の歌姫を見ていて、彼が彼女らは教祖と同じスキームだなって思っていました。

御住職が最近、不思議な若者達を受け入れたらしく、私からしてみればそれも同じスキーム。

彼らは、スタートアップを立ち上げたり、会社員として仕事をしながら、自分達で資金を持ち寄ってプロジェクトベースで活動をしている団体。たまたまお寺の広間をイベントをするのに貸してほしいと申し出があったらしい。

皆キャリアは優秀でギラギラしていて熱心に取り組んでいて、御住職からしてみれば、スタートアップを立ち上げたり、持ち出しで活動することのモチベーションが何なのかとっても不思議だった模様。

本当の天才は団体に所属せずとも独力でinnovativeなアウトプットを出すんだけど、何か自己実現に欲求不満している層は、こうした団体にコミットメントしながら、満足度や自己肯定感を得ている、誰かしら元締の元で。

私も社会創発塾 という東大の先生が率いる社会人ゼミで様々社会活動をしている身なので、彼らはこんな心理ですよとご説明差し上げた。

このスキームもよくよく考えたら、教祖と同じスキーム。

結局姿形を変えつつも、人間何かしらの心的支えを得て自己肯定感を高めたいんだなと、宗教(的存在)の必要性を感じたのでした。

(おわり)