夜の銀座で、身売りされた話 -2

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厄介者を追っ払うかのように黒服に私を押し付け、ママは来た道をさっさと帰って行った。

前回→夜の銀座で、身売りされた話 -1

昼間は静かに景色の中に溶け込む、クラブやスナックの屋外サイン。

夜は、生温い光で存在を知らしめながらも、一見客に媚びない気配がある。

私は、いよいよその扉を開くんだ…と思いながら、不安半分、興味半分で、見ず知らずの男性の後をついて行った。

私と同じくらいの若いサラリーマンが集まる、俺のイタリアンの賑わいを横目に見ながら、小さなビルのエレベーターに乗った。

降り立った6階の狭いエレベーターホールには、扉が2つだけあった。

「ただいま~」

黒服が、ニスの利いた木製扉を開けると、鈴がチャリーンと鳴った。

エレベーターホールの冷たい空気と打って変わって、店内からは芳醇な香りと共に、上品な音楽がかすかに聞こえた。

「おかえんなさ~い。アレーーー?Xさん、女の子連れてる?」

私を拾ってくれた黒服は、少し大振りのダボついた黒いスーツにノーネクタイ姿だったが、カウンターに立つひょろりとした男性は、パリッと糊の効いた白シャツにベスト、黒い蝶ネクタイで姿で、いわゆるマスターの様な格好だった。

「コイツ働きたいみたいよ。ママに会わせるから、それまでなんか相手してやって。」

カウンターで待つ様に指示をされ、何を飲むか聞かれた。

(ここで飲んだらいくら取られるんだろう…)とドキドキしながら躊躇していたら、黒服がそれを感じ取ったのか「こまけぇこと言わねぇから、まぁ飲めよ。」と、言ってくれた。

お客さんは2組いた。

だいたい、8組くらいが入れるボックスシートやテーブルが並ぶ50㎡ほどの店。

ママの趣味だろうか、カウンターには大きな生花が生けられ、店の中で存在感を放っていた。

先程の店とは打って変わって、明るい照明に清潔感のある店内。

楽しげな話し声に女性の黄色い歓声が交じる。

明らかに、さっきの店とは流れている空気が違った。

チャリーン

「おはよう。」

私の背中側で声がした。

ハッと振り返り、この人がママだと思った。

一糸乱れず柔らかにまとめられた前髪に、パリッと固めた夜会巻き。

上品ながらも主張のある青い訪問着に、白いふくよかな肌が映える。

私は(こ、こんにちは…)と、とりあえず挨拶をした。

「へ?誰、この子。」

クリッとした目で私を見つめながら、ママはカウンターの中に入った。

「外にいたら声かけられてさ。なんかこの辺で働く店探してるみたいよ。まー、素人だから。どうするか、ママ決めてよ。」

黒服は簡単に説明を済ませて「じゃ、あと頑張れよ。」と店から出て行った。

残された私は、これまでの経緯をママに説明した。

「あはははは!すごいねそれー!びっくりしたでしょー!」

ママは、手際よくカウンターで身支度を済ませながら、カラッとした笑いで私の話を聞いてくれた。

「あんた、お金に困ってる感じじゃないね。やってみたいならとりあえずやる?」

そして私の隣の席に座り、店のシステムや仕事のお作法を説明してくれた。

詳しく確かめていないが、彼女は45歳前後、元々は新卒で入った広告代理店で営業担当をしていた。

銀座での水商売の仕事は、大学生の頃から始め、社会人になってからも両立していたらしい。

10数年前に一念発起して自分で店を持ち始め、今では2店舗を経営している女社長だ。

この業界はだいたい、流れ着いた女の子が下積みを重ね、ゆくゆくはチィママになり、ママになっていくのが普通で、多くが雇われママだ。

店を仕切ってるオーナーと、ママがビジネスパートナーとして店を切り盛りしていく。

ただ、彼女は会社員経験を生かして自ら店を切り盛りしているので、水商売のママでもあり、経営者でもあるため、とてもサッパリとした価値観の持ち主だった。

私は(五臓六腑無事でよかった!なんならまともな店だ!)と思い、頭を下げてお世話になることにした。

「この業界はいろんな人がいるよ!けど、来るもの拒まず、去る者追わずでやってるよ。じゃ、来週から宜しくね!」

こうして私の銀座でのアルバイトが始まったのだった。

(おわり)


余談ですが、冒頭の写真は銀座の店ではなく、ウィスキー専門の店Bar Virgoです。

マスターのウィスキー愛と知識がすごいです。

しばらく行けてませんが…ご贔屓に。