水中で出産したい衝動 -2

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基本的に、生物の進化は種として生存率を上げるために合理化、最適化されている。

しかし、進化の過程は一晩で行われるわけではなく、長い時間をかけて変化している。

前回→ 水中で出産したい衝動 -1

今、私たちの生活スタイルの中で、明らかに淘汰されていそうな非合理な病気や死因は、はるか昔にはそれが合理的で、生存戦略として最適解だった経緯が必ずあるのだ。

例えば、鉄代謝障害(貧血の逆で鉄が多すぎ)の人たちが、欧州でのペストの大流行を生き延びたといった具合に。

話を出産に戻すと、私たちのお産が痛い理由。

それは、骨盤(通過する穴)の形状と、胎児の頭蓋骨の形状の不一致だ。

楕円形の骨盤と、楕円形の胎児の頭がすんなりとハマらないと、つっかえてしまって出てこない。

この、通過する工程が陣痛であり、時間のかかる難産になる理由であり、ともかく痛い(らしい笑)。

では、出産(=生産)効率を下げてまで、取り入れたかった生存戦略はなにか。

それは「大きな脳」と「二足歩行」だ。

他の動物にはない「大きな脳=知性」が私たちの生存を優位にしたことは誰でもイメージがつくだろが、「二足歩行」…って一体なんだ?

私たちは二足歩行のせいで、重力の関係上起こるヘルニアや痔、そして現代においてもはや当てはまらない人はいないであろう、慢性的な肩凝りや腰痛に悩まされている。

進化における仮説は様々あり、確固たるものは無いが、今主流のサバンナ説には非合理な矛盾が多く、私はアクア説が有力だと思っている。

猿が人になる過程で、危険回避(圧倒的に強い4本足の動物は水に入れない、水辺の動物は陸に上がれない)と食料確保のために、半分水中で暮らしていたということだ。

人が水の中で生きていたとなると、イルカか人魚?そんなイメージで考えると非現実的に思えるかもしれないが、単純に原始人が海女さんのように獲物を取りに行って水辺で生活していると思えばそんなに抵抗感なくイメージできる。

アクア説であれば、猿に毛が生えていて人に毛が生えていないこと(泳ぎやすい)、猿より皮下脂肪が多いこと(体温調節)、鼻の穴が下を向いて高いこと(肺に水が入らない)、直立二足歩行であること(浅瀬の水辺を移動しやすい)等々、説明がつく。

(あと、もしかしたら雲丹の美味しさも発見されていなかったかもしれない笑)

そして、最初の問題提起である出産も、水中であればとても合理的なのだ。

水の浮力により、重力に影響を受けず骨盤通過が容易になる。

水にいる間は胎児が呼吸をしていないので、吸引性肺炎(出産に伴う汚物の誤飲による感染症)のリスクが低い。

母体は、温水に浸かる事で筋肉の緊張の緩和、鎮痛作用。

皮膚が柔らかくなる事で会陰や他皮膚の損傷が少ない。

こんなことまったく想像もせずに水中分娩を希望したが、私はこれらを知って「私が感じていた、陸上で産む事への違和感は間違っていなかった…!やっぱり変だよ分娩台!」と、ともかく誰かに言いたくて仕方がなかった。

とはいえ、私も未経験。

頭で良いと思っても、実際にやってみて全然良くない場合もあるので、それはまた綴ろう。

(おわり)

(追記)

私が一連得た情報はこの本から。

文体も読みやすくてとっても面白いので、ご覧あれ。