妊娠・出産-6 「親の自覚」と「我が子」の定義

投稿日:

先日の投稿で、もしもの時には我が子を選ぶ親心について書いたのだが、一方で「この子の親である」という自覚ってどこから発生するのか、私の中で答えが出ていない。

これは割と妊娠初期から抱いている疑問だ。というのも、当時、私と近しい妊娠週数の友人宅でお喋りをしていた時に友人がこう言った。

「不思議だよねぇ~、私たち2人で話してるのにこの場には今4人いるからねぇ!」

そして愛おしそうにお腹を撫でる彼女を見て、私は衝撃を感じた。

(その発想はなかった!私には、会ったこともないお腹の胎児を人として認識していないのに、他人の胎児含めてここに4人いると思える想像力すごい!!!)

そう、残念ながら私は妊娠中、お腹の胎児に母性と呼べるほどの母性をこれっぽっちも感じず、妊娠は単なる現象としてしか捉えられていなかった。様々な現象を通じて、「存在している」ことは認識できても、「その存在が愛おしい」とは全く思えなかったのだ。

出産を経て、本人を目の前にしてようやくその存在を認識し、尚且つ、産後のコミュニケーションを通じてようやく愛おしいと思えるようになったわけで、今でも当時の友人の一言は忘れられない。

で、じゃぁ一体何で我が子を認識しているのだろう。

私は、自然妊娠して、自然分娩で、旦那と私に似た顔の子供を、母乳育児で3ヶ月育てたわけだ、今のところ。

じゃぁ仮に、

代理出産で自分の身体で十月十日を過ごさなかったら?

自然分娩ではなく無痛分娩で、出産の痛みを知らずに産んでいたら?

産んだ子供が他の子と入れ替わって実際に産んだ子じゃなかったら?

新生児期の3ヶ月を一緒に過ごせていなかったら?

養子として血の繋がりがない乳幼児を子供として迎え入れたら?

いろんなことをイメージしながら、どこまでの範囲で、目くそ鼻くそも愛おしいと思うのだろうと疑問でならない。

この感覚はもしかしたら、男性が父親としての自覚を持つ過程に近いのかもしれない。

ちょっと結論のない話。

誰かと話したいな。

(おわり)

ノニベビーを産んでみて&妊娠・出産(目次)